お勝手
なんちゃら何日間チャレンジ
Day2。
1日目はこちら。
今回は遅ればせながら大学に入った小生が
塾の講師をしながらあくせくと
借金を返済しながら乗っていたこちら。
CBR250R(MC19) 88'

(乗車期間:おそらく1988/05~1992/06)
このバイクがいちばん思い入れが強い。
大学に入学してまず真っ先に取ったのが
自動二輪の免許。
クルマの免許はヒマにあかせて
浪人時代に取得していたので
自動二輪の取得はカンタンであった。
結局クルマでもバイクでも
免許取得にあたって
自動車学校で
一回もチケットを切られなかったな。
(自慢ww)
コレの前年型の
MC17型のCBR250Rを見ていて
今ひとつピンと来ていなかったのだが
バイク屋に置かれた真新しいコイツを見て
一目惚れして買ってしまった。
当時はやっていた
レーサーレプリカタイプ
というフルカバーのカウルに覆われた
何ともレーシーな雰囲気。
それでいながら
女性でも足つきがよいようにと
格段に下げられたシートにより
178cmの小生にとっては
足を開いて乗っても
ベッタリと両足の裏が付くという
足つきの良さ。
小柄な車体ゆえ
峠でハングオンをすると
すぐに膝を擦り
イメージとしては
顔が地面すれすれ
といった低重心。
18,500RPMという
とてつもなく高回転まで回る
モーターのようなエンジンを持ち
6速ギアで6,500RPMほどで
巡航していると
フィーン・・・・
という官能的なエンジン音と
吸気音を奏で
見て良し乗って良し
のバイクであった。
ただし所詮は250ccなので
シグナルグランプリで
横に大排気量車に並ばれると
初速が乗る回転数に達するまでは
若干後れを取るものの
12,000RPMぐらいから上の
パワーバンドに乗ると
弾かれたように加速する
じゃじゃ馬でもあった。
ただし、シグナルグランプリで
全力加速をして1速のまま
先の信号が赤になったりすると
そりゃぁもう大変。
そのままアクセルを戻すと
とんでもないエンジンブレーキがかかってしまい
ヘタをこくとすっ飛んで行ってしまうため
スロットルをゆっくり絞りつつ
全力ブレーキングをするという
テクニックを要求されるのであった。
このバイクでは、
最遠、福岡市内まで行った。
佐賀(SAGA)に住んでいた
のちにSEGAに就職する
友人の下宿に転がり込んで
天神まで遠征しに行ったりしたものだ。
そういえばこの友人も
小生よりも
10cmも身長が高い
にもかかわらず
同じMC19の89年型(限定カラー)を
購入していたな。
高速道路でクルージングしていると
小柄なバイクゆえ
横風にあおられやすく
非常に疲れるので
大型トレーラーの後ろについて
スリップストリームを利用して
楽したりしたものである。
当時の250ccのバイクは
自主規制により馬力が
45ps
に制限されていたが、
この88年型は
どうみても45psを超えていて
実際翌89年型から
キャブレター周りが若干変更されて
やっと規制されていたようだ。
バイク屋からパーツマニュアルを買って
88年型と89年型のパーツナンバー
を見くらべたので
間違いなかろう。
また、排気系を
BEET工業というメーカーの
NASSERT
というマフラーに替えていた。
これは、直菅マフラー
(中がまっすぐ抜けていて排気が抵抗無く排出される)
ながら、
マフラー内部をコーン状に
外に向けて細くなるようにすることにより
音がコーン内部で反響し
打ち消し合って
最終的に小さな音になるという
画期的なものであった。
しかし、まぁ、
直菅マフラーゆえ
少々ドスの利いた排気音になり
カムギアトレインの
ぎゅわんぎゅわんいう音と
ぼぼぼぼぼっという排気音の
コンビネーションが
なんとも官能的であった。
最後このバイクは、
現在の会社に入社後も乗っていたのだが
6月最終の金曜日、
今日で社内研修が終わり
いよいよ月曜から配属
という当日の朝
通勤途中で事故って
対向車のエンジンの下に潜って
相手の車とともに廃車となった。
・・・・(゚ーÅ)
いいバイクだったのに。
おかげで救急車で運ばれ
3泊4日ほど
盛大な打ち身と擦り傷により
入院生活を余儀なくされた。
ビジネススーツ
で乗っていたので
救急搬入された徳州会病院で
「ズボンを切って脱がせますよ!いいですか?」
と聞かれたが
まだ新品だったので
「いや、脱がせてください」
とお願いしたのだが
あとから見てみたら
お尻のところがビリビリに割けていたので
その時の看護師さんは
「ナニ言ってんだ、こいつ?」
と思ったことであろう。
そんな愛情あふれて饒舌になった
バイク遍歴第二話はさておき。
二中通沿いにあった
とまらないラーメン愛GET54
が谷山方面に移転した。
まだ実際に確かめたわけではないが、
そちら方面在住の友人から
カンバンが出ていた
と報告があった。
では、その跡地はどうなったかというと
カンバンだけはずいぶん早く出ていたため
麺屋小太郎
が入るということは判明していた。
麺屋小太郎・・・・
以前は天文館にあったが、
どうやらこちらへ移転してきたようだ。
もともと、初期のスタイルの
とまらないラーメン愛GET54
のラーメンに惚れて弟子入りして
その味を受け継いだようにして
出していたお店である。
昨年一度訪問している。
しかし、現在の天文館
特にこの店のあった
文化通りから一本入った区画
などは
現在千日街の再開発が進行しており
ちょうど隘路のようになっているため
人通りも見込めず
経営的に苦しかったのではないか。
それが、修行店であった
とまらないラーメン愛GET54
が移転するということで
そのまま居抜きで物件を継続して借りている
そんなところではないかと
邪推する。
5月末頃開店と書かれていたが
今週の頭に前を通ってみると

どうやらすでに開店しているようなので
本日訪問してみた次第。
気になったのは駐車場であるが
以前と全く同じ駐車場が
引き続き使用できるようだ。


ただこの駐車場、
とてつもなく狭く前後も短く
軽自動車専用
であるので
小生はもう停めない。
別の駐車場にクルマを止め
やってきました。

ホントーに
カンバンが掛け変わったのみで
以前とほとんど変わりがない。
入って左手に
同じく券売機。

ほっほぅ、この券売機は
天文館店からそのまま
もってきたのではなかろうか。
一部メニューが入れ替わり
券面が変更されているが
最上段のメインメニューなど
以前のそのまま
であるようだ。
なんにしようか。
(*´・ω・)
しばし逡巡の末
全部のせ+大盛り
に相当すると思われる
満ぷく鶏そば
にすることに。
麺1.5玉
チャーシュー5~6枚
味つけ卵
ネギ増し
レモン
バター
と、確かに全部盛り。
ちょうど先客が捌けて
1番席へ。
麺屋小太郎 - Spherical Image - RICOH THETA
店内もほとんど手を入れていないと
思われる。
卓上の調味料。

柚子胡椒
にんにく
に
辛味調味料
が置かれている。
豆板醤かな?
厨房には若手の男性が2名
配膳係で女性が1名。
などなど観察しているうちに。
来ました。

おぉぉぉぉ・・・・
確かに全部のせww
では、いただきましょう。
スープをひとくち。

一部バターも溶け出し
よりいっそう
丸み
を増した
鶏白湯スープ。
上に乗っていた
鶏節の削り節
から芳しい薫香が。
残念なのは
具材多めになってしまったため
おそらくはもともとアツアツであったろうスープが
若干冷め気味になってしまっていたころ。
しかし表層は冷め気味だが
下層はアツアツだったため
まぁヨシとする。
↑
ナニサマww
残念なことに
このウマい一杯を前にして
オドロキがなくなったためか
「フツーにウマい」
としか感じられなくなっていること。
(ノ∀`)
慣れって、やーねー・・・・
ヤー(*´・д・)(・∀・`。)ネー
ネギがザクザク。
ネギ好きだからよいが
かなり長時間
口中にネギの残り香を楽しむ
ことができた。
レモンは、正直言うとビミョー。
ウマいのだが
スープの方向性を
別の方に持って行ってしまう
キライがあるので
レモン入りならレモン入りで
全部のせとは別にした方がよいのかも。
あくまで個人的な感想であるが。
終盤、辛味調味料をひとサジ
スープに入れて
パンチを増して完食完飲。
ごちそうさまでした。

しばらくぶりに訪れる方には
カンバンを意識しなければ
店が変わったことにも
気づきにくいかも知れない。
だがそこも狙い目の一つ。
ここ鹿児島という狭い地域において
選択肢の幅が広がるのはうれしいところ。
お試しあれ。
行ってみようと思ってたところでした。
正面の看板?「鶏そば専門店」も天文館から持ってきたものではないかと思っていますが。
ときに、CBRでしたか。うらやましい。
750ライダーが好きで、高校入ったら免許取ってと思ってましたが、
そんなの許されない高校で、しかも委員長もいない高校生活を過ごし、
大学入ってやっと免許とり、先輩から譲られたVTに乗ってました。
限定解除もたどり着けず、750ライダーにはなれずでした笑
すみません、どうでもいい個人情報でした。。。
ねこだにゃん
が
しました