入院しました。(5/17)
手術しました。(5/18)
退院しました。(5/19)
鹿児島市立病院に。
5月17日(月)
お昼から入院。
今回は、昨年5月に手術した
右肘の
金属プレートを除去するための手術。
(参考画像)
よって、カンタンな手術のため
2泊3日のスケジュールであった。
事前の説明についても
「前回の手術のときに説明した内容と同じですが、
また説明が必要ですか?」
「いや、大丈夫ですww」
といった感じで、サクサクと進み
昼からベッドに転がった。
今回入院前に行った検査は
先々週受けた術前検査は別にすると
入院手続きの際に
中共武漢コロナウィルスの
PCR検査
を行ったのみ。
検査場所は2階ココの奥。
検査自体は、インフルエンザと同様
鼻に長い綿棒(?)をツッコんで
そのまま1分ぐらい静置。
く、くしゃみしていいですか?ww
ようやくガマンして終了。
陽性だったら夕方までに連絡があるけど
なかったら陰性です
とのことであった。
連絡なかったから陰性なんでしょう
( ̄∇ ̄*)ゞ
これでPCR陰性証明書取れるのかな?
特に必要性は感じないのであるが。
(*´・ω・)
さて、そんなわけで
することもなくベッドに寝ているが
やはり手術前ということで
イマイチ落ち着かない。
今回は7階整形外科病棟の北東側ブロック。
じぶんちが見えそうな勢いww
そんなしているうちに
夕食がもう運ばれてくる。
病院のメシは早い。
(。-`ω-)
瞬殺。
昭和の世代にとって
病院食はマズい
というイメージが染み付いてしまっているが
現代の病院食は
確かに薄味ではあるが
十分にウマいと思う。
まぁ、全体に冷め気味なのは
これだけの入院患者に行き渡らせるので
致し方ないところであろう。
おやすみなさい。
(早っ!)
隣のベッドや別の部屋の患者の
声やいびきなどが気になって
なかなか寝付けなかったので
密閉型イヤホンを耳に入れて
小さな音で音楽をかけながら就寝。
隣のベッドのじーちゃんは
はしごから落ちて体の左側を全面的に骨折したようで
身動きがままならない。
夜中に痰がからんで看護師さんに吸引してもらったり
どうしてもトイレに行くと言って
看護師さんに連れて行ってもらったり
手がかかる。
朝の医師の回診で
「夜はよく眠れますか?」
との問いに
「いや。」
(( ̄_ ̄ )(  ̄_ ̄))ブンブン
と答えていたが、小生は知っている。
夜中もガーガー高いびきで
回診のあと医者が立ち去ったら
すぐまたガーガー寝ていたことをww
ほかにも別の部屋から
「おーい!お〜い!誰かおらぬか?」
と5分おきぐらいに
ナースコールのボタンを無視して叫ぶ
どこかのGGYの殿様(?)がいたり
なかなか雑居房は楽しい。
↑
すぐ退院するから気楽な患者ww
翌朝は6時頃は目が覚める。
事前の点滴などはないが
前日になって急遽手術が
13時から9時に変更になったので
あまり考える間もなく手術室へ。
手術前になるとあれこれと考えるものだが
いざ直前になると腹が据わり
あまり考えない。
全身麻酔による手術に関しては
知り合いの医者の父君が
そんなにひどくないんだけど
膝が悪いので
趣味のゴルフが楽しく回れるように
という軽い気持ちで手術を受けたところ
手術でメスを入れるどころではなく
事前の麻酔で死んでしまった
という医療過誤の実例を知っているので
あまり心中穏やかではなかった。
まぁ、そのようなリスクを考えると
手術前はいろいろと考えたものだ。
さて、手術室まではエレベーターで3階まで降り、
歩いて行く。
付き添いということで
今回もヨメ氏に立ち会ってもらう。
といっても、手術の間
7階の待合ルームで待っているだけなのだが。
手術室に入ると
名前を確認され
ストレッチャーのような
幅の狭いベッドに寝かされる。
パンチングメタル製の
天井の模様を眺めていると
左手の甲に点滴が始まり
「弛緩剤が入っているので少しふわっとしますよ」
という麻酔医の言う通り
今までしっかり見えていた天井の模様が
突然ぼわんと焦点が合わなくなる。
さらにマスクで吸入を始め
「私が名前を読んだら返事してくださいね〜」
との声に
・・・・一度も答えないうちに昏倒。
気がつくとベッドに寝かされており
もうろうと周りを見回すと
まだ手術室の中。
そこからベッドごとエレベーターに乗せられ
7階へ。
待合ルームのヨメ氏が出てきて
そこで手を振って病室へ。
いまひとつシャキッとしなかった頭であるが
1時間経過時に
のどかわいた
はらへった
ねむい
とFacebookに投稿している。
点滴で水分を補っているとはいえ
手術中ノドに気道確保のため
管をツッコまれていたあとが痛く
酸素吸入をしているので空気が乾燥し
とにかくのどが渇いていた。
2時間ぐらい経ったらようやく
思考もまとまってきた。
看護師さんが1時間おきに見に来るが
3時間経った時点で
誤嚥の恐れがなくなったらから
水分摂りましょう
ということで
ようやく口にした麦茶。
生き返りましたww
手術が午前中に変更になったため
看護師さんが急いで手を回し
晩飯をいただけることに。
本来なら昼からの手術だったため
一日絶食のところであった。
魚メニューが多いのね。
(*´・ω・)
手術後の傷口は
前回の手術痕と同じところを切って
ネジを外して金具を取るだけなので
痛み止めを飲んでいればほとんど生活に支障なし。
もちろんリハビリも必要ないと言う。
「どんどん動かしてください」
との整形外科の主治医の弁。
でも、まだやはり傷口が引き釣れて
大きく腕を動かしたときなど
痛みはある。
傷口を覆うビニールシート(?)の上に
包帯を巻いて厚いガーゼを巻いていたが
手術直後の出血のみで
翌朝には取り払われた。
夜寝る際にも
特に大きな痛みはなく
前回の手術とは雲泥の差であり
昼寝てしまっていたので
あまり眠れなかったが
3日目も朝6時半起床。
朝食を摂るが
醤油の小袋の開封をしくじり
看護師さんにハサミのヘルプをお願いしつつ
完食。
そうこうしているうちに主治医が
包帯とガーゼを外しに来て
看護師さんから手続きの書類を渡され
退院。
時、まだ9時ww
帰宅後、記念に渡された
金具とネジ一式をヨメ氏から渡される。
昨日主治医から渡されたそうだww。
ということで、一週間後に再度キズの様子を見て
問題なければそこで完治ということで。
しかし、こんなチタンの金具が
よー一年間も腕に入っていたなぁ。
そんな回顧録はさておき。
さて、入院前最後のシャバでのランチを
どこで摂るかという大命題に
明快な答えが。
おはようございます。 今日からまた日々が梅雨空の予報ですね、、、 心まで湿ったりカビたりしてしまわないよううまーーーく新陳代謝していきましょう。 我々飲食店も試練を強いられている日々ですが、微々たる努力をしながらいつ訪れるかわからないコロ...
早川 美穂さんの投稿 2021年5月16日日曜日
ココにしましょう。
(。-∀-)
そぼ降る雨の中
11時半開店のところ
11時25分に到着。
お隣の居酒屋さんの工事も
順調に進んでいる模様。
というわけで今回は
イベリコ豚チャーシューで
牛骨醤油ラーメンセット
という趣向で。
憩酒家たっちゃん - Spherical Image - RICOH THETA
今回は、最近飲酒していないので
生産が滞っている
おやっとボトル
を携えて。
次はしばらくお待ち下さいww
たっちゃんママが
「うちの室内の二酸化炭素濃度は
コレでわかりますので!」
と見せてくれたのは
空気品質濃度測定 二酸化炭素計
というもの。
通常の換気の行き届いた室内では
700ppm以下になるらしい。
489ppmとは優秀、優秀。
しかし、環境湿度が91%とは・・・・
(|||´Д`)
梅雨ってやーね。
先週あった麺メニューの
牛かすうどんは
ご夫婦で昼夜連続で食べに来る方がいるほど
盛況だったらしいww。
などしているうちに。
いただきまーす!
スープをひとくち。
ふわっと表面のマー油が香るが
マー油は奥手側にのみかけられており
かつあまり炭の含有量が多くない。
よって、強い香りではなく
柔らかく作用する。
久しぶりに月曜の麺だったため
ホンダ食品が月曜休みだったことを忘れていて
今回は濵田製麺所の麺であるとのこと。
シコシコつるつる。
スープは、
あー、牛骨ってこんな感じ〜
というちょっと甘さを感じる清湯。
風味にクセはない。
イベリコ豚のチャーシューは
やはり品種や育てられ方(エサ)が違うと
ブタの風味もまったく違う。
脂肪分の香りの違いかな?
このチャーシューだけ
酒のつまみで食べたいかも。
(*´ω`*)
↑
最近ストイックに禁酒中ww
いやー、ごちそうさまでした。
食後のコーヒーを注いでいると
「あっ!!だった〜・・・・」
とたっちゃんママが叫ぶので
ナニゴトかと思ったら
「なんか忘れてると思ったらコレ入れるの忘れてた!!」
と、苦竹で作った自家製メンマを。
コーヒーとともにww
これ、メンマとして出すより
お通しとして出したほうがウケるかも。
ということで、
おいしいものを頂いたので
意気揚々と入院に向かいましたとさ。
おしまい。